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さて、音楽に目を戻します。まず皆さんをお連れしたいのが、聖ヤコービ教会。中央駅からメンケベルク通りを歩いて5分です。雹が降っているなかで撮ったので、ちょっとくらいかなあ。それ!
え? どうせ戦争で破壊されたものを復元したものだろうって? 冗談を言っちゃあいけません。ハンブルク市民が怒りますよ。彼らは戦争中これを担いで「疎開」させたんですから。どうですこの心意気。今度は良い写真です。ではいきますよ。このオルガンが目に入らぬか〜! 時は1720年、11月。ヨハン・セバスツィアン・バッハがケーテンからやってきた。ベンベンベン(注 三味線のつもり。QuickTime
PlugInには対応していません。)。この教会のオルガニストの席が空いたため、試験を受けようと思ったのである。バッハはしかし、23日にはまたケーテンへ戻らなくてはいけないのだが、正式の試験日は11月28日。さあ、どうする、バッハ!。さすがに巨匠は諦めない。市の有力者に頼んで特別に機会をつくってもらったのだ。- 読者の方でこれから留学を考えている人は、ぜひこの話を思い出して欲しい。この国ではとにかく「話してみる」こと。そして、それが案外多くのせっぱつまった局面で通用します。- 試験会場は、オルガン界の重鎮ラインケンがオルガニストを努める聖カタリーナ教会。記録によれば、バッハは、2時間に及ぶ演奏を行い、満場を驚嘆させたという。ラインケンの「十八番」であるコラール「バビロン流れのほとりで」をもとに行った長大な即興演奏には、ラインケン(当時97歳!)もいたく心を動かされ「私はこの技法がとうの昔に死に絶えたと思っていましたが。それがあなたのうちに生き続けているのを今知りました。」と語ったそうです。
さあ、試験委員の多くはもちろんバッハを採用しようと考えたのですが、ところがケーテンに戻ったバッハからは「お断りします」と言ってきたんです。なんで、どういうこと? 実は、ハンブルクにはどこかの社会の暗黙の了解のような、就任に際しての「お礼」の習慣があったのです。かわいそうなバッハはその4000マルクを払えるはずもなく、断念したという次第。あ〜あ、もしも、と考えるのはけして私だけではないはずです。しかしバッハにくわしい方なら、やっぱりハンブルクに就職しなくてよかったとお考えになるでしょう。なぜなら、富裕な市民階級の発達していたハンブルクは、すでに述べた「慣習」の例からも推測できるように、教会音楽もかなり「俗っぽく」なってしまっていたからです。信仰厚いバッハには、ここの水は合わなかったことでしょう。バッハとハンブルクの関係については、かなり深いものがあります。生涯ドイツを出ることのなかったバッハにとって、15歳の時すでに訪れていたハンブルクは -彼は少し南のリューネブルクで寄宿舎生活を送っていました。- インターナショナルな音楽との接点だったのです。いつか機会があったら、この辺の事情をまた取り上げたいと思います。 バッハがその多感な高校生くらいの時期2年間を過ごしたリューネブルク。写真はバッハの(おそらく)当時の師、ゲオルク・ベームのいた聖ヨハネ教会。 結局バッハを迎えることのなかった聖ヤコービ教会では、主任牧師だったノイマイヤー(バッハのカンタータのために彼の多くのテキストを用いた)がとても残念がりました。その年のクリスマスの説教のなかで彼は 「ベツレへムの天使の一人が天から降りてきて、世にも美しい音楽を聴かせてから、さて聖ヤコービ教会のオルガニストになろうと思ったとしても、お金がなければ、再び天へ舞い戻るほかはないだろう」(坂田健一訳) と語ったそうです。 聖ヤコービ教会の現在のカントール(教会の音楽監督者)はルドルフ・ケルバー氏。昨年、東京でメサイヤを指揮したのでご記憶の方もいるかもしれない。前任者はヴンダーリッヒ氏で、何度も来日してオルガンを披露したことがあります。このオルガンを弾くのはまさに著名な人ばかりで、レオンハルトやコープマンといった人の連続コンサートのなかに一昨年、わが師のひとり、鈴木雅明氏が日本人としてはじめて選ばれて演奏したときはとてもうれしかったものである。 私自身は今年の12月にクリスマス・オラトリオを歌うことになっています。 考えてみれば、この教会でバッハのこの作品が演奏されるのは「因縁」といえるでしょうね。反対に、バッハがいなかったら、歌を続けていなかった自分がここで歌っていることもおもしろい縁です。
ドイツでは市役所の前はほとんど常に広場になっています。ここには市場が出ることも多いのですが、ハンブルクの市役所広場には出ません。ここに立ってぐるっと周りを見渡すと、市役所の向かい側に、あれ、見慣れた国旗。はいそうです、日本国総領事館です。なんてすごい一等地にあるんでしょう。 おや、広場の端っこに誰かが考え事をしながら佇んでいます。
それではだいぶお腹も空いてきたでしょうから、先を急ぎましょう。でもその前にちょっと目を運河に移してみてください。何かお気付きになりますか? はいそうです。水位が違うんです。エルベ川とアルスター湖はもちろんつながっているんですが、内アルスター湖は人工湖のためでしょうか、こういう不思議なことになっているんです。船が通るときはちょっとした見物になっています。
これらの写真の手前がアルスターです。その湖が見えてきました。市の中心部に大きな湖があるというのはなんて素晴らしいんでしょう。水があると気持ちがやすらぎますね。
次回は4月3日のブラームスの100回目の命日に合わせて、ブラームス記念館や、ハンブルク州立歌劇場、そして聖ミヒャエリス教会を訪ねる予定です。 ハンブルクに本当にいらっしゃる予定の方は、最近「ハンブルク日本人会ホームページ」ができました。 より詳しい観光、生活情報にお役立てください。
Cantano
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